東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)88号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について検討する。
1 成立に争いない甲第七号証の一(願書添付の明細書)及び甲第六号証(昭和六二年七月三一日付け手続補正書)によれば、本願発明は左記の技術的課題(目的)、構成及び作用効果を有するものと認められる(別紙第一図面参照。)なお、昭和六〇年九月二〇日付け手続補正書(甲第七号証の二)、昭和六二年一月九日付け手続補正書(甲第三号証)及び前掲昭和六二年七月三一日付け手続補正書による字句の訂正については、引用箇所の摘示を省略する。)。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、X線画像情報をいつたん写真感光材料に記録し、この写真感光材料から、観察したい部分を所望のコントラストに仕上げた再生像を得るようにしたX線写真処理装置に関する(明細書第三頁第二行ないし第六行)。
従来のX線写真診断は、X線像をX線写真フイルムに記録し、このX線写真フイルムに記録された画像を観察して診断している(同第三頁第一四行ないし第一七行)。
X線写真診断においては、被曝線量ができるだけ少ないこと、被写体の識別を容易にするために画像が高コントラストであること、及び被写体の種々の部分をカバーすることができるようにX線露光の許容幅が大きいこと等が要求されるが、従来のX線像を診断用X線写真フイルムに記録する方法は、X線写真フイルムの性質上の制約から、右要求のすべてを満たすことができない(同第三頁第八行ないし第一三行、第三頁第一八行ないし第四頁第二行)。
写真フイルムのγは露光量の変化⊿Eに対する画像濃度の変化⊿Dの割合で表される。別紙第一図面第1図は、従来のX線写真フイルムの特性曲線を示すものであつて、横軸に⊿Eが、縦軸に⊿Dがそれぞれ対数で表されている。人体はX線透過に対するコントラストが低いので、X線写真フイルムは、コントラストを高くして⊿Dを大きくするためにγを高くしてあるが(通常は二~四程度)、そのようなγの下では、同図に示されているように、写真画像として読影し得るのは濃度〇・二~二・五程度であつて、それは通常A~Bの範囲である。C~Dの範囲は高濃度すぎて判別できず、A~Fの範囲は低濃度すぎて判別できない(同第四頁第三行ないし第二〇行)。
このように、γを高くしたX線写真フイルムは、コントラストと濃度とが適正になる許容範囲が極めて狭く不便である。しかしながら、この許容範囲を広げるためにγを低くすると、画像のコントラストが低下するから、診断上極めて大きな不都合を生ずる。第2図によつて具体的に説明すると、人体は各部分によつてX線透過率が大きく異なるため、X線透過率が低い脊椎3、肺門部4及び心臓5(明細書第五頁第一七行に「14は心臓部」とあるのは誤記と認められる。)等が十分な濃度になるように露光するとX線透過率が高い肺野1及び2の濃度が飽和してしまうし、両者が適当な濃度に仕上がるように露光すると各部のコントラストが極めて低くなつて診断が困難になる。したがつて、X線透過率が大きく異なつている部分を撮影する場合は、診断すべき部分ごとに適正なコントラストと濃度になるように複数回に分けて撮影を行わなければならず、人体のX線被曝量が多くなるという問題が生ずる。また、観察したい部分とその周囲のX線透過率の差が小さい場合はその間の識別が困難になるし、X線写真フイルムは銀含有量が多いので省資源の面からもその改善が要望されている(同第五頁第一行ないし第六頁第一八行)。
本願発明の目的は、右問題点を解決するため、X線露光の許容幅を大きくしてX線撮影を容易にすると共に一回のX線撮影によつてX線透過率が大きく異なる部分についても診断上有効な画像情報を同時に得ることができ、濃度及びコントラストの良好な画像を得ることができ、X線写真処理過程における省資源化を達成することができ、かつ、周囲とのX線透過率の差が小さい場合でも識別が容易なX線写真処理装置を提供することにある(同第六頁第一九行ないし第七頁第一七行)。
(二) 構成
本願発明は、前記課題を解決するためにその要旨とする構成を採用したものであるが(昭和六二年七月三一日付け手続補正書第三丁第一行ないし第一七行)、被写体のX線画像情報を、平均γが〇・三~一・五である写真感光材料(以下「中間媒体」という。) 上にいつたん記録し、この中間媒体の画像情報を処理して再生することを特徴とする(明細書第七頁第一八行ないし第八頁第三行)。
中間媒体は、平均γが低い軟調写真フイルムが用いられるが、平均γが低いと、種々のX線透過率をもつた部分の画像情報を記録することができる。この中間媒体上の画像は正確な画像情報を有しているが、濃度及びコントラストが不適正になつているから、診断目的に応じて画像処理し所望の特性を有する画像に再生する必要がある。この画像処理には、再生像のγを変換する方法と、各部の境界(エツジ)付近の濃度を変換しコントラストを大きくして境界を識別しやすくする方法がある。そして、前者の方法には、全体の濃度レベルを変換する方法と、特定の範囲について濃度レベルを変換する方法と、非直線的に濃度レベルを変換する方法とがあるが、本願発明の実施例の概略を示すブロツク図である第3図の画像処理工程12は、中間媒体にいつたん記録した画像情報を、その特性により、あるいは診断上の要求により変形処理して、より有効な画像情報に変換する工程である(同第八頁第四行ないし第二〇行、第一〇頁第五行ないし第八行、第一〇頁第一六行ないし第一九行)。
第4図は、中間媒体として用い得るγが極めて低い写真感光材料の特性の一例を示している(同第一一頁第四行ないし第六行)。この中間媒体は、露光量の変化に対する濃度の変化が著しく低いためそのままでは診断に使えないが、第1図に示したX線透過率が低い(したがつて露光量が少ない)E及びFも、X線透過率が高い(したがつて露光量が多い)C及びDも、画像情報として十分に記録される。このようにX線露光の許容幅を広くすると、一回の撮影によつて多くの画像情報を得ることができると共に、露光量の調節が容易となつて撮影が簡単になる。このことは、X線撮影の回数を減らし、患者の被曝線量を少なくすることを可能にする(同第一一頁第四行ないし第一二頁第一行)。
中間媒体のコントラスト、すなわち特性曲線のほぼ中央付近の勾配を示すγの範囲は、〇・三~一・五程度が望ましい。特性曲線は、写真フイルム自体の特性のほかに、現像処理条件によつても異なつてくるから、これらの諸条件を組み合わせた上で、γを決定する必要がある。γの範囲は、低い方はX線像の雑音によつて、高い方は被写体主要部のコントラストによつて決定される(同第一二頁第一〇行ないし第一九行)。
第7図は、本願発明の画像処理の一例を示すもので、横軸は処理前の画像濃度、縦軸は処理後の画像濃度を示し、Ⅰ~Ⅲは濃度変換の特性を示しているが、この例においては、中間媒体上の濃度の中心点を変えることによつて、コントラストが著しく増加されている(同第一七頁第一六行ないし第一八頁第七行)。
第15図は、濃度階調変換を行つた再生像の濃度とX線撮影の露光量との関係を表しており、濃度変換を行うことによつて所定の露光域のコントラストを上げ得ることが示されている。例えば、露光域A~Bのコントラストを上げる場合には、濃度変換曲線1に従つて濃度変換すれば微小コントラスト⊿Dに対する濃度差⊿Eを十分大きくとることができ、それによつて診断において判別しやすい画像を得ることができる上、露光の許容幅が広くなり一回の撮影によつてX線透過率が異なる広い範囲の情報を得ることができるから、X線撮影の回数を減らして患者の被曝線量を少なくすることができる(同第二八頁第三行ないし第一七行)。
第16図は、階調変換の別の実施例、すなわち中間媒体上の濃度p~rの範囲とr~qの範囲とでコントラストの変換の程度を変えた例を示しており、比較的低濃度域のコントラストを上げた方が見やすく診断上好ましい場合に適している(同第二八頁第一八行ないし第二九頁第三行)。
第18図は、画像処理の別の実施例を表すものであつて、実線が画像処理前の画像濃度を、点線が画像処理後の濃度を示している。部分73と部分74とはコントラストが極めて小さいためこのままでは見にくいが、中間媒体上の画像を処理して平均的な濃度を変えずにエツジ部のコントラストのみを大きくすれば、点線で示されるような濃度になつて、部分73の輪郭がはつきりと見えるようになる。また、比較的面積が小さい部分75も、周囲に比べて全体のコントラストが上がるから、やはり見やすくなる(同第二八頁第九行ないし第三〇頁第六行)。
(三) 作用効果
本願発明は、画像情報を直線性が良く許容幅が大きい中間媒体にいつたん記録し、必要に応じ種々の特性に画像処理することによつて診断目的に即した最終画像を再生するようにしたものであるから、左記のような効果を奏することができる。
(1) X線透過率が大きく異なつている部分があつても、一回のX線撮影によつて各部分の画像情報が得られるため、観察したい部分が複数ある場合でも一回の撮影で済み、被写体のX線被曝量が少なくなる。
(2) 許容量が広いため、露光量が適正値から外れていても支障を生じない。
(3) 診断目的に応じた画像が得られ、また特性が異なる複数の画像を観察できるため、診断の精度が向上する。
(4) 中間媒体として、銀含有量がX線フイルムより著しく低い写真フイルムを使用することができるため、資源節約になる。
(5) 画像の縮小及び拡大が容易である。
(6) 周辺とのX線透過率の差が小さい場合でも、エツジコントラストを高めることによつて識別が容易になる。
2 一方、引用例1には「被写体のX線画像情報が直接記録された写真感光材料からX線画像情報を光電的に読み取る読取り装置、該読取り装置によつて得られた電気信号に画像処理を施す画像処理手段、及び、該画像処理手段によつて画像処理を施された電気信号に基づいてX線画像情報を再生する再生手段を含むことを特徴とする、X線写真処理装置」が開示されており、本願発明と引用例1記載の発明の相違が、本願発明が写真感光材料の平均γを〇・三~一・五に限定しているのに対して、引用例1記載の発明は写真感光材料の平均γについては何ら明らかにしていないとの一点のみであることは原告も認めて争わないところである。
3 右相違点について、審決は、放射線写真を縮小処理する技術において被写体を撮影した放射線写真フイルムとして平均γがほぼ一であるものを用いることが引用例2に記載されていると認定している。
そこで、引用例2記載の発明の技術内容を検討するに(別紙第二図面参照)、成立に争いない甲第五号証によれば、引用例2記載の発明は放射線写真を縮小した形にして保存し、後に忠実な再生を行い得る装置に関するものであつて(第二欄第一一行ないし第一三行)、透明フイルムベースの両面に二重の乳剤層を有する典型的なX線フイルムには二つの重なつた像を記録することができフイルム全体の濃度範囲は四・〇(光透過率にすると一〇〇〇〇対一)までであるが、記録保存のために用いられている典型的な記録フイルムの乳剤層は一重であつて例えば二・〇(光透過率にすると一〇〇対一)までのような限定された濃度範囲を有するにとどまるので、X線フイルム上の情報を大きく失うことなく記録フイルムに保存するには四・〇までの濃度範囲を二・〇までの濃度範囲に縮小あるいは圧縮しなければならない(第三欄第九行ないし第二五行)との知見に基づいて、放射線写真に存在しているすべての重要な情報を保存し得る縮小された中間像を作ることを技術的課題とするものであると認められる(第五欄第三行ないし第六行)。
引用例2記載の発明は、右技術的課題を、周知の非先鋭マスキング装置の特性と、従来は他の目的のために用いられていた特殊フイルムのコントラスト特性とを組み合わせて解決したものであつて、記録フイルムとしては、適当に処理されたときに比較的低いコントラスト勾配部分と比較的高いコントラスト勾配部分を有する、二重勾配コントラスト特性を示すものが選ばれ(第五欄第八行ないし第一六行)、放射線写真の約二・〇以上の濃度部分は、記録フイルムの低コントラスト勾配部分に非先鋭マスクをかけないで記録され、放射線写真のゼロから約二・〇までの濃度部分は、記録フイルムの高コントラスト勾配部分に非先鋭マスキングによつて記録される結果(第六欄第一五行ないし第二一行)、ゼロから約四・〇にわたつていた放射線写真の全濃度範囲は、ゼロから二・〇までの濃度範囲に線型的に圧縮されて記録フイルムに記録され得ることが認められる(第六欄第二六行ないし第二九行)。
そして、別紙第二図面の第2図について、引用例2には、「第2図において、四本の曲線は装置全体の異なつた部分のいろいろの異なつた特性を示している。曲線20はもとの放射線写真11にみられうる濃度範囲を示している。「理想化された放射線写真」という用語が第2図で用いられているが、それは、当業者には明らかであるように、曲線20は(および記録(「記述」とあるのは「記録」の誤記と認められる。)されるべき曲線40は)すべての写真物質の特性である肩の部分とつま先の部分を含んでいないからである。曲線20上の点21(前記曲線20と点線eとの交点)は、フイルムベース濃度とたとえばフイルムの処理によつて生ずるかぶり濃度を反映した放射線写真物質に常に存在している固有の濃度を表わしている。放射線写真に存在するすべての像濃度は、この最小濃度値の上に重なつて存在し、そして点21と三・五あるいは四・〇のように高い濃度値の間にある。」(第九欄第三三行ないし第一〇欄第四行)、「第2図はさらに前述の型の一つの電子プリンタ(あるいは非先鋭マスキング装置)の伝達特性を示した曲線30を有している。」(第一〇欄第一〇行ないし第一二行)、「第2図の曲線40は、記録フイルム14の理想化された二重勾配特性を示している。(中略)特性曲線40は(第2図に示されているように)、約〇・五のガンマ勾配をもつた比較的低いコントラスト勾配の下の部分と、一・〇~二・〇のガンマ勾配をもつた大きなコントラスト勾配の上の部分とを有している。」(第一〇欄第四二行ないし第一一欄第五行)、「第2図には第四曲線50が画かれている。この曲線は、二重勾配物質14と電子露出装置によつてえられる非先鋭マスキング効果の組合わせ効果により達成される正味の伝達特性により、中間フイルム14にえられる濃度の結果が示されている。図からわかるように、曲線50は(中略)全体にわたつてのガンマ勾配は約〇・五である。」(第一一欄第一三行ないし第二〇行」、「点線a、bおよびcはもとの放射線写真のそれぞれ四・〇、三・〇および二・〇の濃度に対応し、(中略)もとの放射線写真で二・〇~四・〇の範囲の濃度をもつ像は非先鋭マスキングの下にはなく、そして記録フイルムにおける約〇~一・〇の濃度範囲の、中間あるいは記録フイルム14の、比較的低コントラスト勾配部分の上で露光される。」(第一一欄第三一行ないし第三九行)、「点線dはもとの放射線写真における(中略)点21と濃度約二・〇との間の範囲の任意の典型的な濃度を示したものである。この範囲内の濃度をもつた像は非先鋭マスキングのもとにあつて、さらにこの像は記録フイルム特性のより大きなコントラスト勾配部分の上に記録される。」(第一二欄第五行ないし第一〇行)、及び「点線eは、前述のように、放射線写真内に常に存在するフイルムベースと現像かぶりとの濃度による最小濃度21を表わす。」(第一二欄第三四行ないし第三六行)と記載されていることが認められる。
右事実によれば、別紙第二図面の第2図における線20は放射線写真の濃度範囲を表したものであつて、点線aないしdはそれぞれ濃度四・〇ないし一・〇に対応し、また点線eはかぶり濃度を示すものであること、及び、引用例2記載の発明においてγ、すなわちコントラスト特性が問題となるのは記録フイルムであつて、同発明はこれを第2図の線40に示されているように低コントラスト勾配部分と高コントラスト勾配部分の双方を備えた二重勾配コントラスト特性を有するフイルムに限定することを要旨としていることが明らかであつて、線20が放射線写真のγ、すなわちコントラスト特性をも表したものと解する余地はないといわざるを得ない。したがつて、線20を放射線写真フイルムのγを表したものととらえ、その勾配が一を示していることから、引用例2には放射線写真フイルムの平均γがほぼ一であることが記載されているとした審決の認定は、誤りである。
4 のみならず、いずれも成立に争いない甲第八号証及び第九号証(原告ほか一社のX―レイフイルムのカタログ)、第一〇号証(コダツク社のT―マツトフイルムのカタログ)、第一一号証(医療用X―レイフイルムのセンシトメトリーのための米国標準規格)、第一二号証(Radiation Physics)、第一三号証及び第一四号証(日本放射線技術学会雑誌)並びに第一五号証(写真技術マニユアル〔下〕応用編)によれば、平均γは、フイルムのコントラスト特性を表す単位として本件出願前からその定義が確定されており、<省略>あるいは<省略>で表記され、その内容は原告が請求の原因四2において主張しているとおりであつて、γの単純な平均値とは概念を異にすること、及び、実用されている放射線写真フイルムの平均γは二・一五ないし三・一五であることが認められる。しかるに、審決は、相違点の判断に当たつて、本願発明の要旨にいう平均γが右のように内容が限定されている概念であることを前提としているとは到底解されないから、この点からも審決の別紙第三図面第2図の技術内容の認定の誤りは明らかというべきである。
5 以上のとおりであるから、審決は、引用例2記載の発明の技術内容を誤認したまま相違点を判断した結果、本願発明は引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと誤つて判断したものであつて、違法であるから、取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとする。
〔編注1〕本件における特許請求の範囲第一番目に記載されている発明の要旨は左のとおりである。
被写体のX線画像情報が平均γが〇三~一・五となるように直接記録された写真感光材料から、X線画像情報を光電的に読み取る読取り手段、
該読取り手段によつて得られた電気信号に、画像処理を施す画像処理手段、及び
該画像処理手段によつて画像処理を施された電気信号に基づいて、X線画像情報を再生する再生手段を含むことを特徴とする、X線写真処理装置(別紙第一図面参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙第一図面
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
別紙第二図面
<省略>
(以下省略)